はじめに
大企業が事業の一部を切り出して他社に売却したり、独立させる動きが活発化する中で、日本でも「カーブアウトM&A」という言葉を耳にする機会が増えています。
しかし、実際にカーブアウトがどのような取引を指すのか、株式譲渡や事業譲渡とどう違うのか、といった基本的な理解はまだ十分に浸透していません。
カーブアウトM&Aは、一見すると「単に事業の一部を売買する取引」に見えます。しかし実際には、親会社グループから事業を切り離す際のコストやリスクをどう把握するかが非常に重要です。
本記事では、カーブアウトの基本概念や活用される場面、財務デューデリジェンス(財務DD)で重視すべき論点、そしてリスクへの対処法まで、カーブアウトM&Aの実務に関する内容を整理して解説します。
カーブアウトの基本概念とM&Aでの位置づけ
カーブアウトの定義
「カーブアウト(Carve-out)」に法律上の厳密な定義はありませんが、一般的に企業グループの一部事業を親会社から切り出し、売却・独立上場・合弁会社化などを通じてグループ外へ移す取引全体を指す用語として使われています。
例えば、下記のようなケースは、一見すると異なる形式の取引ですが、いずれも「事業を切り離す」という点で共通しており、実務ではまとめてカーブアウト案件として扱われます。
- 事業部門を会社分割で新会社化し、第三者に譲渡する
- 事業に関わる資産・負債・人材・契約を、事業譲渡スキームで売却する
- 一部の事業を移管した新会社を設立し、株式の一部を外部投資家へ売却してジョイントベンチャーとする
このため、カーブアウトは「株式譲渡」「事業譲渡」「会社分割」といった単一スキームを指すものではなく、これらを組み合わせて進める“事業の切り出しプロジェクト”を指す概念として理解するのが適切でしょう。
カーブアウトが注目される背景
カーブアウトM&Aが重要性を増しているのは、企業を取り巻く事業環境が大きく変化し、従来の事業構造を維持することが難しくなっているためです。こうした変化を背景に、企業がカーブアウトを選択する理由として、次のような点が挙げられます。
- 成長領域に集中するため
成熟市場では、すべての事業に均等に投資することが難しくなっています。シナジーが薄い事業を切り出し、限られた経営資源を将来の成長領域に再配分する動きが強まっています。 - 低収益事業の負担を減らすため
赤字や低採算の事業を抱え続けると資本効率が悪化します。カーブアウトでこれらの事業を売却することで、財務体質を軽くし、グループ全体の収益性を改善する狙いがあります。 - 成長事業を外部資本と組み合わせるため
将来性が高いものの、親会社内だけでは十分な投資が難しい事業を切り出し、外部投資家と組んでJV化したり、子会社として独立させ上場を目指すケースが増えています。
売り手には事業ポートフォリオの整理や資本効率の改善といったメリットがあり、買い手にはシナジー獲得や改善余地のある事業を取得できる点が魅力となります。
カーブアウトと法的スキームの関係
カーブアウトは、株式譲渡や事業譲渡といった単独の手続きを指すものではなく、複数のスキームを組み合わせて事業を切り離すプロジェクト全体を意味します。この章では、代表的なスキームの特徴と、カーブアウトとの関係を解説します。
主要なM&Aスキーム
M&Aでは「株式譲渡」「事業譲渡」「会社分割」などのスキームが使われます。
- 株式譲渡
独立した子会社の株式を丸ごと譲渡する取引。契約・許認可・従業員・システムなどは基本的にそのまま引き継がれます。
※COC(チェンジオブコントロール)条項を含む契約や、法令上再許認可が必要なものなど、例外的に承認・再締結が必要となるケースも存在します。 - 事業譲渡
会社内部の特定事業に関する資産・負債・契約・人材を切り出し、契約に基づいて譲渡する取引。 - 会社分割
事業の一部を新設会社や既存子会社へ移す手続き。その会社の株式を譲渡すれば、結果として事業を外部に切り出すことができます。
こうした個別スキームの特徴を踏まえると、カーブアウトが通常の取引とどこで異なるのかが見えてきます。
株式譲渡・事業譲渡と何が違うのか
では、個々のスキームとカーブアウトはどこが異なるのでしょうか。最大の違いは、切り離し前の事業が「独立した会社の姿になっているかどうか」です。
株式譲渡では、対象は1社としてすでに独立しており、損益・貸借対照表・契約・従業員・ITなどが会社単位で管理されています。
一方、カーブアウトの対象は親会社グループ内の「事業部門」にとどまっていることが多く、次のような特徴があります。
- 損益情報がグループ決算の一部としてしか管理されていない
- 人事・総務・IT・経理などの機能が親会社本社に依存している
- 契約や許認可が親会社名義になっている
- 独立した事業体に必要な仕組み(会社機能)が整っていない
さらに、複数国・複数会社にまたがる事業、知財やブランドの権利関係が複雑な事業、従業員移管やリテンション施策が必要な事業では、分離プロセスそのものが高度になります。
このように、カーブアウトは「切り離し前の姿」が会社になっていない点が本質的な特徴です。
つまり、カーブアウトは特定のスキームを指すのではなく、事業を親会社から切り離して独立させるために、最適な手法を組み合わせて進めるプロジェクト全体を表す概念です。
この特性があるため、事業の収益性だけでなく、切り離しに伴う追加コストやリスクを、財務DDで丁寧に検証する必要があります。
カーブアウトが使われる場面
ここでは、主にどのような状況でカーブアウトが選択されるのかを解説します。
非中核事業・不採算事業の切り離し
最もよく見られるのが、非中核事業や不採算事業の切り離しです。親会社にとっては戦略の中心ではないものの、一定の売上や顧客基盤は持つ事業で、グループ内に残すと管理コストや投資負担がかかる一方、シナジーは限定的です。他社にとっては自社事業との組み合わせによって価値を高められる可能性があり、取得メリットが生まれます。
成長事業の独立を見据えたカーブアウト
次に、成長事業を独立させるケースです。
新規事業が上場可能な規模まで育っている場合や、親会社だけでは十分な投資が難しいため外部投資家と組んで事業を進めたい場合などがこれに該当します。外部の資金や知見を取り込むことで、事業の成長スピードを高めやすくなる点が特徴です。
海外子会社・複数地域にまたがる事業の再編
グローバル企業では、特定の事業が複数の国・グループ会社にまたがって展開されることも多く、地域単位で切り出すカーブアウトが行われます。アジア事業だけを売却する、欧州事業だけを合弁会社に組み替えるといったケースでは、事業構造が複雑になりやすく、ストラクチャーの設計が重要になります。
これらのように、カーブアウトは事業の性質や地域構造に応じて多様な形で行われます。その一方で、いずれのケースでも「親会社から切り離した後の姿」を正確に描くことが欠かせず、ここが後続の財務DDで重点的に検証されるポイントとなります。

カーブアウトM&Aにおける財務DDの中核論点
カーブアウトM&Aでは、事業が親会社の一部として運営されてきたため、通常のM&Aとは異なる財務分析上の論点が生じます。この章ではカーブアウトM&Aにおいて財務DDで特に注意すべき点を解説します。あわせて、人事DDでの人員構成・報酬体系の確認や、税務DDでの組織再編税制・繰越欠損金の取扱いとどう連携すべきかについても財務の視点から触れていきます。
カーブアウト財務諸表の妥当性の評価
カーブアウトM&Aの財務DDでまず確認すべき論点が、カーブアウト財務諸表です。
これは、グループ決算から対象事業に関わる売上・費用・資産・負債を抜き出し「独立した会社だった場合の姿」に組み替えた財務諸表です。
ただし、この数値は本社共通費の配賦方法、グループ内取引の消去方法、在庫・固定資産・のれんの按分など、多くの前提・仮定に依存します。会計基準に沿って作成されるものの、管理会計上の前提や配賦ルールに大きく依存する特殊な財務諸表であるため、、採用している前提・配賦ルールを踏まえ、「どこまで信頼できるか」を丁寧に検証する必要があります。
買い手側の財務DDでは、前提を変えた場合に利益水準がどの程度動くかを確認する感度分析(sensitivity analysis)が特に重要です。また、カーブアウト財務諸表で置いた前提は、組織再編税制の適用可否や繰越欠損金の引継ぎといった税務DDの検討とも整合させる必要があります。
配賦基準とスタンドアロンコストの評価
カーブアウトで特に重要なのが、共通費・本社費の配賦 とスタンドアロンコスト(独立後に本来必要となるコスト) の把握です。
親会社の人事・総務・IT・経理・法務などは複数事業で共通利用されているため、カーブアウト財務諸表では売上高、人員数、利用時間などを使って費用を配賦します。配賦基準が実態とずれると、特定事業の利益率が過大・過小に見えるリスクがあります。
さらに、切り離し後は親会社の支援がなくなるため、新たな人員採用やシステム導入などが発生します。これらはカーブアウト財務諸表には含まれておらず、別途見積もる必要があります。また、共通費や人件費の切り分けにあたっては、人事DDで把握した人員構成や報酬体系との整合を確認しておくと、スタンドアロンコストのブレを抑えやすくなります。
財務DDでは、
- 配賦ルールが適切か
- 基準を変えた場合どの程度損益が動くか
- 独立後に追加で必要になるコストはいくらか
などを整理し、カーブアウト後の真の収益力を把握します。
運転資本の再構築
カーブアウト後は、運転資本やキャッシュフローの動きが大きく変わる可能性があります。親会社の一部として運営されていた事業では、グループ内の資金管理や親会社の信用力を前提とした取引条件に支えられていたケースが多いためです。
切り離し後は、売掛金回収の遅延や在庫水準の増加、買掛金の支払条件の悪化などが生じ、必要とされる運転資本が変動することがあります。
財務DDでは、過去の運転資本の推移を踏まえて、独立後に想定される取引条件の変化を織り込み、必要運転資本をあらためて試算することが重要になります。
契約・IT・人材移管のリスク評価
カーブアウトでは、財務数値に表れにくい「分離のための追加コスト」も無視できません。
例としては、
- 主要顧客との契約を新会社名義に切り替えるための交渉・再締結コスト
- 親会社のITシステムから新システムへ切り替えるための投資・移行費用
- キーマン離職を防ぐためのリテンションボーナス・インセンティブ
などが挙げられ、いずれもキャッシュフローに影響します。
財務DDでは、こうした分離コストを可能な範囲で定量化し、事業計画やバリュエーションに反映させることが不可欠です。
また、これらの論点そのものは法務DD、人事DDのスコープに属するため、そこで把握された分離コストやリテンション施策を財務DD側でキャッシュフローや投資回収期間に反映させる連携が重要になります。
カーブアウトM&Aのリスクへの対処法
カーブアウトに伴うリスクは、財務DDだけでなく、取引の各段階で適切に管理する必要があります。この章ではカーブアウトM&Aにおける、リスクへの対処法について解説します。
スキーム設計段階でのリスクコントロール
カーブアウトM&Aでは、リスク対処は財務DDだけでなく、スキーム設計の段階から始まります。どの資産・負債・契約・人材を対象に含めるか、どの国・どの会社を切り離すか、法的効力をいつ発生させるかといった設計によって、法務・税務・財務・オペレーションのリスクは大きく変わります。
財務DDで把握した論点を踏まえ、高リスクの資産や訴訟懸念のある要素を対象から外す、一定の条件が整った場合のみ譲渡対象とする、といった設計段階でのリスク低減策も有効です。
売買契約(SPA等)における表明保証・補償・価格調整の活用
最終契約(SPAなど)における 表明保証・補償条項 や 価格調整メカニズム は、カーブアウトM&Aの重要なリスク対処手段です。特にカーブアウト案件では、カーブアウト財務諸表の前提や配賦ルールに関する表明保証、未認識債務・税務リスクの補償、運転資本調整やアーンアウトなどの条項が検討されます。
重要なのは、財務DDで明らかになった論点を契約に反映することです。DDレポートで指摘するだけでは防御にならず、価格調整で対応するのか、表明保証・補償の範囲に含めるのか、対象外とするのか、といった具体的な整理が欠かせません。
トランジションサービス契約(TSA)とPMIでのリスクコントロール
カーブアウト案件では、売却後も一定期間、親会社がIT・経理・人事などのサービスを提供する トランジションサービス契約(TSA) を結ぶケースが多く見られます。TSAにより、システムや体制が整うまで業務を途切れさせずに事業を維持できます。
財務DDでは、どの機能にどれだけの期間TSAが必要か、TSAの費用、TSA終了後に必要な投資や人員の見積もりを整理し、スタンドアロン後のコスト構造をできる限り明確に描くことが求められます。
また、買収後統合(PMI)でも、どの機能をいつ自社に取り込むか、誰が責任者か、どのようなロードマップで進めるかを設計し、切り離し時のオペレーションリスクを抑える必要があります。
まとめ
カーブアウトM&Aは、「株式譲渡」や「事業譲渡」といった単体のスキームではなく、親会社から事業を切り離し、独立した事業体として成立させるためのプロジェクト全体を指す考え方です。
そのため財務DDでは、カーブアウト財務諸表の前提と限界の把握、共通費や本社費の配賦の妥当性、独立後に必要となるスタンドアロンコスト、分離に伴う各種追加コスト、運転資本の変動などを丁寧に評価する必要があります。こうした分析をもとに、スキーム設計や売買契約の表明保証・補償、価格調整、TSA・PMIの設計へと反映させることで、カーブアウト特有のリスクを適切にコントロールできます。
また、カーブアウトは法務・税務・財務・オペレーションが複雑に絡むため、早い段階から各領域の専門家を巻き込み、一貫した視点でプロジェクトを進めることが、買い手・売り手双方にとって最適な条件を実現するうえで有効です。
