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労務デューデリジェンスで確認すべき未払い残業代・36協定・同一労働同一賃金の潜在リスク

はじめに

M&Aにおけるデューデリジェンス(DD)といえば対象企業の財務・税務状況の調査のイメージが強いかもしれませんが、「労務リスク」を把握することも非常に重要です。
特に近年は、人事労務の問題がM&Aに影響を及ぼす要因として注目されています。

中でも「未払い残業代」「36協定の不備」「同一労働同一賃金の違反」は、労務DDにおける重要な確認項目です。これらを放置すると偶発債務や行政指導、訴訟に発展しかねず、買収価格の妥当性を揺るがし、PMI(買収後の統合プロセス)の障害となる可能性があります。

本記事では、これら3つの労使トラブルのM&Aにおける問題点と具体的なチェックポイント、そして発覚したリスクへの対応方法について解説します。

Case1:未払い残業代

さまざまな労使トラブルの中でも「未払い残業代」はM&Aにおいて最も警戒すべき問題の一つです。労働基準法の改正で賃金請求権の消滅時効が「原則5年、当面3年」に延長され、遡って請求できる期間が長くなり、そのリスクはさらに大きくなっています。(2020年4月1日以降に支払期日が到来する賃金から適用)

買収後に未払い残業代が発覚した場合、買い手企業には次のような事態が起こる可能性があります。

  • 未払い残業代の支払い義務が生じる
  • 労働基準監督署から是正勧告を受ける
  • 従業員による労働審判・訴訟に発展する
  • 労務管理体制の再構築など、買収後のPMIプロセスに多大なコストと時間がかかる

中でも、企業買収後に未払い残業代の支払い義務を負った場合、その損失は深刻です。
仮に、従業員50名の企業で1人あたり月平均20時間の未払い残業(時給2,500円換算)が3年間続いていた場合、その総額は約1億1,250万円にも達します。
これは、中小企業M&Aの取引規模によっては、買収価格そのものを左右するほどのインパクトと言えるでしょう。

労務DDにおけるチェックポイント

労務DDで未払い残業代の有無を調査する場合、さまざまな項目を精査する必要があります。以下の項目は、サービス残業の常態化や制度の不適切な運用が隠れていないかを見極めるための主なチェックポイントです。

チェック項目確認内容
労働時間管理の実態タイムカード、PCログ、入退室記録に不備がないか / 持ち帰り残業や朝残業の実態がないか
固定残業代制度の適法性基本給と固定残業代部分が明確に区分されているか / 固定残業時間を超える残業代が別途支払われているか / 就業規則や雇用契約書での周知・合意が十分か
管理監督者の範囲「名ばかり管理職」がないか(経営との一体性、出退勤の自由、地位に相応しい処遇の3要件を満たしているか)
みなし労働時間制の運用事業場外みなし労働時間制、裁量労働制の導入要件と運用が適切か / 実態とかけ離れた「みなし時間」の設定がないか

これらの項目に何らかの問題が見つかった場合、未払い残業代が発生している可能性があると考えられます。

リスクへの対処方法

DDの調査により未払い残業代が発覚した場合、総額を金額化して価格交渉に活用することが最も重要です。

1.未払い残業代の総額を金額化する

対象従業員数、平均的な未払い時間、賃金水準、割増率、時効期間(3年)を基に、潜在的な未払い残業代総額を算出します。全従業員を対象に精密な計算を行うのは困難な場合は、特定の部署や役職をサンプリングして全体像を推計するのが一般的です。

2.算出金額を元に取引交渉を行う

算出した金額を根拠に、取引交渉を行います。具体的には以下のような選択肢が考えられます。

  • 価格交渉を行い買収価格を引き下げる
  • 売主によるクロージング前の精算を求める、
  • M&A契約書に「未払い残業代が存在しない」旨の表明保証を盛り込み、違反した場合の補償を確保する

Case2:36協定の不備

36(サブロク)協定とは、労働基準法第36条に基づき、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて従業員に時間外労働や休日労働をさせる場合に必須となる労使協定です。この協定を労働基準監督署へ届け出て、初めて時間外労働が法的に認められます。

もし、この協定に不備があれば、過去の時間外労働がすべて違法となり、罰則や社会的信用の失墜につながるおそれがあります。

仮に時間外労働が違法と認定された場合、罰則(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)の対象となるおそれや、悪質なケースでは送検・社名公表により事業継続にも影響を及ぼしかねません。

単なる手続きミスでは済まないほど甚大な損失につながる可能性もあるため、労務DDでは36協定に不備がないか、十分に確認することが大切と言えるでしょう。

労務DDにおけるチェックポイント

36協定のDDでは、協定が「存在する」ことの確認だけでなく、その有効性と運用実態にまで踏み込む必要があります。

チェック項目確認内容
協定の締結・届出労働基準監督署への届出控えと受付印の確認 / 協定の有効期間はいつか /毎年更新されているか
労働者代表の選出プロセス挙手制、投票制など民主的な方法で選出されているか /会社側による一方的な指名ではないか
協定内容の適法性時間外労働の上限規制(月45時間・年360時間)を遵守しているか / 特別条項付きの場合も、年720時間・単月100時間未満・2〜6か月平均80時間以内・年6回までの条件を満たしているか
運用実態との乖離協定で定めた上限時間を超える時間外労働が常態化していないか / 特別条項が恒常的に適用されていないか

特に見落とされがちなのが「労働者代表の選出プロセス」です。不適切と判断されると協定全体が無効となるおそれがあり、過去のすべての時間外労働が違法だったことになりかねません。

リスクへの対処方法

36協定の不備は、未払い残業代と異なりクロージング前に是正できるケースが多いのが特徴です。

1.クロージング前の是正を要求する

M&Aのクロージング条件として、売主の責任で有効な36協定を再締結・届出させることを要求するのが最も直接的な対応策です。協定の不備は手続き上の問題であるため、売主側で比較的短期間に対応できます。

2.違反時の補償を表明保証に盛り込む

万が一に備え、表明保証を盛り込むことも重要です。36協定が有効に締結・届出されていることを保証し、違反が発覚した場合の損害を補償対象とする取り決めも行いましょう。

また、DDでは形式面だけでなく運用実態まで確認し、買収後には労働時間管理体制の見直しや勤怠管理システムの導入などをPMI計画に盛り込むことも大切です。

Case3:同一労働同一賃金の問題

同一労働同一賃金とは、パートタイム・有期雇用労働法に基づき、正規・非正規間で不合理な待遇差を設けてはならないとする原則です。職務内容や責任が同じなら同一の待遇を、違いがあればその違いに応じた均衡のとれた待遇を確保することが求められます。

近年の法改正により、正規・非正規間の不合理な待遇差は法的リスクとなりました。M&Aにおいても、対象会社の待遇格差が買収後の損害賠償請求や人件費増加につながる可能性があります。

同一労働同一賃金に問題がある企業を買収した場合、買い手企業は以下のようなリスクを負う可能性があります。

  • 損害賠償請求
    非正規雇用労働者から、正規雇用労働者との待遇差額について損害賠償を請求される
  • 人材の流出・生産性低下
    待遇の不合理性が明らかになることで従業員のモチベーションが低下し、PMIにおける人材流出や組織のまとまりに悪影響を及ぼす
  • 人事制度統合コストの増大
    買収後、不合理な格差の是正に想定外の追加人件費が発生する可能性がある

こうした問題は、買収後に顕在化することが多いため、DDの段階で待遇差の実態を把握しておくことが重要です。

労務DDにおけるチェックポイント

労務DDでは、就業規則や賃金規程を精査し、正規・非正規間の待遇差が合理的かどうかを個別に検証します。

チェック項目確認内容
基本給職務内容、責任の程度、人事異動の範囲などを比較し、賃金テーブルに合理的な差が設定されているか
賞与会社の業績への貢献度に応じて支給されているか / 非正規であることを理由とした不当な不支給や減額がないか
各種手当通勤手当、役職手当、特殊作業手当など、手当の趣旨・目的に照らして不合理な差がないか
福利厚生・教育訓練食堂、休憩室、更衣室の利用や、教育訓練の機会に差を設けていないか

特に通勤手当は差を設ける合理的な理由を見出しにくく、不合理と判断されやすい項目です。重要なのは「なぜ差があるのか」を企業側が説明できるかです。DDでは規程の確認と人事担当者へのヒアリングを行い、説明の合理性を評価します。

リスクへの対処方法

同一労働同一賃金の問題は、未払い残業代や36協定の不備とは異なり、買収後のPMIで時間をかけて対応するケースが多いです。

1.リスクを具体的に金額化する

待遇差が不合理と判断された場合の是正コスト(追加人件費の年額)や訴訟リスクを試算し、事業価値評価に織り込みます。未払い残業代と異なり、過去に遡って精算するケースは少なく、将来に向けた制度改善が中心となります。ただし、過去の差額について訴訟となった場合の賠償額もリスクとして認識しておくことが重要です。

2.PMIで人事制度を統合する

同一労働同一賃金の問題は買収後のPMIプロセスが非常に重要です。買い手と対象会社双方の評価制度、等級制度、賃金制度を統合し、同一労働同一賃金の原則に沿った公平な制度を再設計します。このプロセスには時間とコストがかかるため、DDの段階で課題を特定し、PMI計画に落とし込んでおくことが重要です。

同一労働同一賃金の問題は、単なる法令違反にとどまらず、買収後の人件費増加や従業員の士気低下にも直結します。DDでは待遇差の有無だけでなく、その説明の合理性まで確認し、PMIでの是正コストを見積もっておくことが大切です。

まとめ

本稿では、労務デューデリジェンスにおける3つの重要テーマ、未払い残業代、36協定、同一労働同一賃金について、そのリスクとチェックポイント、対応策を解説しました。

これらの労務リスクは互いに密接に関連しています。不適切な労働時間管理は未払い残業代と36協定違反に直結し、不合理な待遇差は士気低下を招きます。これらはM&Aの成否を左右する「見えにくい負債」であり、その特定と評価は欠かせません。

労務DDの結果は、単なるリスク一覧で終わらせてはなりません。潜在債務を金額化して買収価格や表明保証に反映させ、買収後の制度統合や勤怠管理システム導入などの具体的アクションにつなげることが重要です。

労務DDをM&Aプロセス全体と連動させることで効果は大きく高まります。財務DDと両輪で適切に行い、偶発債務リスクを最小化することが、買収後の健全な事業成長への第一歩です。

労務リスクの見落としに不安を感じている方は、Suinas Professional Groupにご相談ください。未払い残業代・36協定の不備・同一労働同一賃金の論点を、DDでのチェックポイントから発覚時の打ち手(価格への織り込み、表明保証、クロージング条件、PMI計画)まで整理し、「買収後に想定外の負債が出る」事態を防ぐ判断材料を提供します。まずはお気軽にお問い合わせください。

木下 恵一

木下 恵一

公認会計士/税理士

大学在学中に有限責任あずさ監査法人(KPMG)に入社し、法定監査をはじめ、様々な業種の会社のIPOアドバイザリー業務、海外案件を含むM&Aに係る各種デューデリジェンス、組織再編に係るストラクチャー検討支援及びPMI支援等に従事。独立開業後も、IPOアドバイザリーやM&A関連業務を展開したのち、Suinas Professional Groupに参画。

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