はじめに
M&Aでは、買収の対象となる企業が持っている建設業許可や古物商許可といった許認可をそのまま引き継げるかどうかは、法務デューデリジェンス(法務DD)で優先して確認すべき事項の一つです。
しかし、許認可の扱いはM&Aの手法(スキーム)や法律の種類によって大きく異なり、複雑で高度な手続きが求められます。このことを理解せずに取引を進めて許認可の承継が上手くいかないと、買収後のスケジュールが大幅に狂ってしまったり、場合によっては買収後に事業を止めざるを得ないことにもつながりかねません。
本記事では、スキーム別の許認可承継の考え方、主要な業法での実務上の注意点、リスクを契約条件に落とし込む方法について解説します。DDを「手続きの確認」で終わらせず、取引を成功に導くための実践的な視点として参考にしていただければ幸いです。
スキームで変わる許認可承継のルール
M&Aにおける許認可の承継は、事業譲渡・株式譲渡・合併といった手法(スキーム)の違いによって法的な扱いが異なります。
事業譲渡の場合
事業譲渡は、資産や負債、契約などを個別に選別して承継する手法です。
この「個別承継」の原則は許認可にも適用されるため、原則として買い手が新たに取得し直す必要があります。これは、多くの許認可が「その会社の経営体制や施設基準」を審査した上で、特定の主体にのみ付与される(一身専属的な)性質を持つためです。
ただし、近年は法改正が進み、例外も増えています。例えば、建設業法や運送業法などの特例手続きや、「経営力向上計画」の認定を活用することで、一定の条件のもと承継が可能となるケースもあります。
株式譲渡の場合
株式譲渡は、株主が変わるだけで会社(法人格)そのものは存続します。したがって、会社が保有する許認可も、原則としてそのまま帰属し続けます。
しかし、何もしなくて良いわけではありません。多くの場合、役員変更や本店移転、商号変更などがあった場合に、所管行政庁への届出が義務付けられています。届出を怠ると、過料の対象となったり、更新時に不利益を受けたりする可能性があります。法務DDでは、過去の届出が適切に行われているかなどの精査も重要です。
合併・会社分割の場合
合併や会社分割は、権利義務がまるごと引き継がれる(包括承継)手法ですが、許認可に関しては業法ごとの個別の規定が優先されます。扱いは大きく以下の3パターンに分かれます。
- 届出のみで承継可能なもの
審査を介さず、事後の届出等により継続が認められる許認可。 - 事前の認可を要するもの
行政庁から個別の承継認可を得る必要があるもの(例:建設業許可など) - 承継制度が存在しないもの
法律上、許可を「名義変更して引き継ぐ」ための手続き(承継届・承継認可など)が用意されていない類型。この場合、合併や会社分割をしても許可は自動では移らないため、承継後に事業を行う法人(存続会社・承継会社)が、自社名義で当該許可を保有していることが必要になります。
3つ目の「承継制度が存在しないもの」については、例えば労働者派遣事業許可は、吸収合併で存続会社が合併前から許可を保有していれば新規許可申請は不要ですが、許可を保有していない場合は存続会社で事前に新規許可申請が必要になるなど、状況により行うべき手続きが分かれる点に注意が必要です。
スキーム別比較サマリー
| スキーム | 許認可承継の原則 | メリット | デメリット・留意点 |
|---|---|---|---|
| 事業譲渡 | 業法による(多くは再取得) | 必要な許認可だけを対象にできる | 再取得に時間とコストがかかる場合がある。 |
| 株式譲渡 | 継続 | 手続きが簡便で、事業の継続性が高い | 役員変更等の届出義務。不要な許認可も引き継いでしまう。 |
| 合併・会社分割 | 業法次第 | 包括承継により個別の手続きが不要な場合がある | 承継可否の判断が複雑。認可や再取得が必要な場合、相応の時間がかかる。 |
このように、組織再編における許認可の扱いは専門的かつ複雑です。法務DDでは、対象事業に必要な許認可をリストアップした上で、根拠法規を確認し、所管行政庁に事前相談を行うなどの作業が必要です。
DDの初期段階で、検討中のスキームが許認可に与える影響を正確に把握することが、後の手戻りを防ぐ鍵になると言えるでしょう。
【業法別】許認可承継の注意点
ここでは、主要な業法ごとに、M&Aの実務で問題となりやすいポイントを解説します。
建設業許可
建設業許可は、主に事業譲渡・合併・会社分割など、許可の名義が変わり得るスキームで手続きの成否が問題になります。技術力や経営体制が厳格に審査されるため、かつては承継が困難な領域でした。しかし2020年10月の法改正により、事前の認可を受ければ、これらのスキームでも承継が可能となりました。ただし、以下の点には注意が必要です。
- 「全部承継」が条件
承継できるのは「建設業者としての地位の全部」を譲渡する場合に限られます。特定の業種のみを切り出す場合は、原則として「廃業届+新規取得」の手続きが必要です。 - スケジュール管理に注意
例えば関東地方整備局では、標準処理期間が90日、申請期限は効力発生日の90日前とされています。認可が下りる前に効力が発生すると、一時的に「無許可状態」となるリスクがあるため、認可取得を前提とした工程管理が重要です。
倉庫業登録
倉庫業登録は、事業譲渡・合併・会社分割において、届出による「地位承継」が中心となる領域です。倉庫の種類に応じた施設・設備基準の審査が厳格ではあるものの、承継手続き自体は比較的スムーズに行えます。以下の2点が主なポイントです。
- 承継後の届出が必要
事業譲渡、合併、会社分割のいずれも、承継後30日以内に「地位承継の届出」を行うことで引き継ぎが可能です。 - 例外的な承認手続きが必要なケースに注意
倉荷証券を発行できる「発券倉庫業者」の場合は、届出ではなく事前の「承認」が必要となります。また、欠格事由に該当しないことが前提となるため、役員構成などの事前確認も重要です。
薬機法・医療関連
薬機法・医療関連は、事業譲渡・合併・会社分割などで名義が変わる場合に加え、株式譲渡でも体制維持や届出対応が重要になるため、スキームを問わず早期の整理が欠かせません。
医薬品・医療機器関連の許可は、品質管理体制(QMS)や安全管理体制(GVP)の維持が厳しく求められるため、承継の難易度は極めて高いと言えます。
- 許可(製造販売業許可・製造業許可など)
薬機法上、許可を直接引き継ぐ制度はありません。買い手側が同等の許可を持っていない場合、新規取得が必要ですが、体制整備に数か月から1年以上を要することも珍しくないため、早期からの入念な計画と準備が必要です。
- 承認・認証(製造販売承認など)
相続・合併・会社分割に加えて、契約による地位の承継(事業譲渡等)でも、要件を満たす場合は「承継届」により名義承継できる場合があります。ただし、承継者側が当該品目に必要な許可(例:製造販売業許可等)を保有していることが前提であり、届出の時期や提出先も含めて、早期に所管(PMDA・都道府県、登録認証機関等)へ確認することが重要です。
医薬品分野では、許可の取得・整備スケジュールがM&A取引全体の成否に大きく影響する傾向があるため、DDの初期段階で工程まで落とし込むことが重要です。
その他主要な許認可の承継ルール
| 許認可の種類 | 事業譲渡 | 株式譲渡 | 合併・会社分割 |
|---|---|---|---|
| 古物商許可 | 再取得 | 継続(要届出) | 状況による※1 |
| 労働者派遣事業許可 | 再取得 | 継続(要届出) | 状況による※2 |
| 有料職業紹介事業許可 | 再取得 | 継続(要届出) | 状況による※2 |
| 旅館業許可 | 承継可能(要承認)※3 | 継続(要届出) | 地位の承継(要承認)※3 |
※1 合併で存続会社が許可を保有していれば継続。消滅会社のみが保有する場合新規取得が必要。
※2 直接の承継制度がないため、存続会社の許可状況に応じた新規取得や変更届が必要。
※3 都道府県知事等の事前承認により引き継ぎ可能。ただし自治体により運用が異なる。
上記は一般的な整理であり、最終的な判断は所管行政庁の運用や自治体ごとの取扱いによって異なります。必ず事前に所管行政庁へ確認・相談してください。

法務DDの進め方と取引条件への反映
デューデリジェンスで見つかった許認可に関するリスクは、最終契約書に反映させて初めて実務的な意味を持ちます。DDの目的は、単に「許可の有無」を確認することではありません。「買収後も事業を継続できるか」をしっかり確認し、その結果を価格・スケジュール・契約条件に落とし込むことが重要です。
法務DDにおける主な調査項目
以下は、許認可の承継において、法務DDで確認する主な調査項目です。
- 許認可台帳と届出状況の精査
許認可の種類・番号・有効期間の正確性に加え、過去の変更届出に漏れがないかを確認します。軽微な届出漏れであっても、更新ができなかったり、行政指導の対象となるリスクがあるため注意が必要です。 - 維持要件の充足状況
資格者や管理者などの「人的要件」、施設や設備などの「物的要件」、さらには資本金や自己資本比率などの「財産的要件」が、現在も維持されているかを確認します。特にキーパーソンの退職によって要件を欠くリスク(要件割れ)は、買収後の事業継続に直結するため入念に検証します。 - コンプライアンスの履歴
過去の行政指導や処分歴、役員の欠格事由の有無を確認します。これらは表面化しにくい一方で、発覚した際に社会的信用の毀損や事業停止を招くリスクが高いため、慎重な調査が求められます。
法務DDでは、許認可の有無にとどまらず、期限切れや届出漏れがないか、要件を満たし続けているか、過去に行政処分等がないかまで確認し、買収後も事業を継続できるかを見極めることが重要です。
許認可を再取得する際のインパクト分析
許認可の承継がスムーズに行かず再取得が必要な場合、その影響を以下の3つの観点から評価します。
- 再取得にかかる時間
行政庁の処理期間だけでなく、事前相談や書類作成に要する期間を含めた「現実的な工程」を見積もります。 - 事業停止期間の有無
クロージングから再取得までの間に事業が止まる期間が生じないかを確認します。発生する場合は、その期間の売上の機会損失額や顧客流出の影響を数値化します。 - 再取得にかかる費用
申請手数料や専門家報酬に加え、施設改修などの要件充足に必要な追加投資額を算出します。
法務DDで許認可の再取得が必要と判断された場合、財務DD・ビジネスDDとも連携し、影響を定量化して評価することが重要です。
許認可リスクの契約条項への反映
許認可の承継や再取得が事業の根幹に関わる場合、それをクロージングの前提条件(CP:Condition Precedent)として契約に盛り込むことも重要です。
(条項例)
「本件事業譲渡の実行は、クロージング日までに、買主が○○事業に必要な許認可を自己名義で有効に取得していることを前提条件とする。」
上記のように定めることで、買い手は「買収したのに事業ができない」というリスクを回避できます。ただし、売り手にとっては確実な決済を妨げる要因となるため、買い手側の申請に対する「売り手の協力義務」を併せて規定するのが一般的です。
表明保証・補償条項によるリスクヘッジ
株式譲渡などで許認可が継続する場合でも、DDで発見しきれない潜在的リスク(過去の軽微な違反など)は残ります。これらに対しては「表明保証」と「補償」を組み合わせて対応しましょう。
- 表明保証(R&W)
売主が「対象会社の情報は真実である」と買主に保証する条項。売り手が「必要な許認可をすべて有効に保有し、取り消し事由は存在しない」ことを保証します。 - 補償(Indemnification)
万が一、表明保証に反する事実が発覚し、許認可の取り消しや過料などで損害が生じた場合、売り手がその損失を金銭で補填することを定めます。
これにより、買収後に判明した不確実なリスクに対しても、実務的なコントロールが可能となります。
参考記事:「M&A契約における「表明保証」とは?財務・税務DDの結果をどう活かすか解説」
まとめ
本記事では、M&Aにおける許認可の実務について、スキーム別の基本ルール、主要業法の注意点、取引条件への反映方法を解説しました。
許認可の承継・再取得は、買収後の事業継続を担保するための重要事項です。特に事業譲渡や特定の組織再編では、再取得に要するリードタイムが取引全体の工程を左右する大きな要因となります。
こうした実務の遂行には、法規制の解釈だけでなくディールの進め方に関する高度な専門判断が求められるため、許認可制度とM&A実務の双方に精通した専門家との協業が欠かせません。 当局への事前相談から契約書へのリスク反映まで、プロの知見を最大限に活用することが、手続きの遅滞や思わぬ見落としを防ぎ、確実な事業継続を実現する鍵となります。
許認可に関する調査は専門的で煩雑なプロセスを伴いますが、ここを丁寧に行うことが、買収後の不測の事態を防ぎ、M&Aを真の成功へと導く礎となるでしょう。
